こんばんは!情熱男です。
子どもから教わることが多い今日このごろです。
食い物っていうけれど、それは他の生きものの命だ。
豚や牛はもちろんだけど、魚だって、いや稲だって、菜っ葉だって、それは元はといえば生きていた。
食い物は他の生きものの命そのものだ。どんなに科学が進歩しようが、それは変わらない。
人間は、他の生きものを殺して生きている。そんなことは誰でも知っているというかもしれない。
けれど、その認識がほんとうにあれば、自分の目の前に置かれた食い物に対して、そんなに簡単に
旨いとか不味いとかいえるものではない。俺の母親が、食べ物の旨い不味いをいうのは下品だと
言ったのは、そういう意味もあったんだろうと今は思っている。(中略)
だけど今や肉や魚は、スーパーの棚に並んだモノでしかなくなってしまった。
そういう意味で、現代人は道徳的に堕落している。
いや、ずっと昔から人間は堕落していたのかもしれないけれど、その堕落に歯止めがかからなくなって
しまった。自分たちの欲のままに、ほんの少しの便利のために、膨大な面積の森を切り開いたり、
石油を掘り尽くしたりしているのはそのせいだと思う。
そういう大きな問題には目をつぶって、あいさつをしようとか礼儀正しくしようなんて、
考えてみれば些末な問題を、道徳だなんていっているわけだ。
(新しい道徳 北野武 より抜粋)
裕福なとき、裕福な国に生まれた恩恵を多大に受けている。
そんな幸せなことはないけれど、幸せが続いたおかげで、堕落しているのかもしれない。
北野武さんが言うとおり、人は他の生きものを食べて生きている。
それこそしっかり伝えて育てなければいけないと思う。
もはや実感がわかないほど、コンビニ・スーパーに並びすぎている。
生きものの姿を見るよりも、食べるようにパックしてあるモノばかり見ている。
「いただきます」
本当のプロセスを隠さずに見せていくことが、子どもたちの考えるきっかけを与えることだと思う。
命をいただいているのだから。
本当の意味を知ることは、仕事でも大事なことだと思う。
「なぜそういう言い方になっているか?」
「なぜそれが業界の通例になっているか?」
そういうことを「そういうもんだから」と片付ける人は伸びないと思う。
そこに仕事の本質が隠れていることが多いし、それがもしもくだらないものであれば、
変革のチャンスに気づくはずだから。
見えづらくなった真実をもっともっと子どもに伝えていこうと思う。
本当に大事な道徳を伝えていこう、、、、情熱!!!!