Passi ON
Satoru Suzuki

手軽に得られる知識は、手軽な知識でしかない


こんばんは!情熱男です。

知識とか経験って積み重ねだから、とにかく今すぐに始めることが大事だと思います。
今日は北野武さんの本から抜粋してみます。


深い知識への道
たしかに最近は、ネットで調べれば、たいていのことが「わかる」ようになった。俺だって、そういうものを使わないとはいわない。
百科事典に書いてあるのと、たいして変わらない答えしか出てこないけれど、簡単にそれなりの知識は得られる。
知ったかぶりくらいはできるようになる。便利にはなったかもしれないが、ただそれだけのことだ。
ひとつの知識を本物の知識にするためには、何冊も本を読まなくてはいけない。それは今も昔も変わらない。
インターネットで手軽に知識を得ることができても、手軽に得られるのは手軽な知識でしかない。ハリボテの知識だ。
知ったかぶりが増えただけのことだろう。 (中略)
「天下を取っても二合半」という諺がある。どんなに偉くなっても、1食に喰える飯は二合半でしかないということだ。
それと同じ話で、どんなにたくさんの情報が手に入るようになっても、消化できる情報の量が変わるわけではない。
最新の論文が読めるといっても、理解できなければ話にならない。
インターネットにつながればなんでもできるといっても、消化不良で苦しむのがオチだ。
今の世の中は、そういう消化不良がそこら中で起きている。結局やっているのは、自分の理解力の範囲で生半可な知識を集めて、
世の中に対してやたらと憤ったり、意見をしたりしているだけのことだ。パソコンにかじりついているだけで、世界が変えられるとでも思っているのか。


(新しい道徳 北野武 より抜粋)


本物の知識は、たくさんの書物・情報から得られるものだ。これは紛れもない事実だと思う。
だからインターネットで情報の表層を集めても、それが本物の知識と勘違いするのは間違いだろう。

ネットを検索して、それを知識として知ったかぶりしてしまうって現象を多く起こしているのも確かだろう。
インターネットはいろんな意味で、新しい世界を見せてくれた。

インターネットはインフラだから、例えばインターネットのおかげで本もKindleやスマートフォンで読めるようになった。
そういう意味では、インターネットで知識は得られないというのはしっくりこない部分もある。

ただ、手軽に得られる知識は手軽な知識でしかないという言葉はしっくりくる。結局知識を得るためには必ず一定量の行動が必要だ。

情報過多、情報飽和みたいな話は、もう当たり前の世界になった。情報を消化するには厳しい時代になった。
情報との付き合い方、情報の消火方法は、もう学校でしっかり教えないといけないだろう。
それによって、うまーくインターネットを使えるようになれば、それだけで大きな武器にもなる。
つきあい方を知らずに信じきれば、北野武さんが言っている「しったかぶり」ばかりになってしまう。

この課題をインターネットというインフラが乗り越えた時、また新しい人とインターネットの関係が生まれる気がするから楽しみだ。

なにが言いたいかっていうと、「知識を得る」って話と「インターネットを上手に使う」って話はイコールではないってこと。
知識を得るには、本を読んだり、体験したりと絶対に必要だ。後輩たちにそんなことを言いたくて取り上げてみた。

(もちろん、インターネットを上手に使えない人は論外なんだけどね・・・知識の表面をすぐに知るには最適だから)


インターネットの情報だけで勉強した気にならない、、、、情熱!!!

Share on FacebookTweet about this on Twitter
Share on Google+